「樽貯蔵」への道のり。
原点は60年前に味わった
「悔しさ」だった。

鹿児島の田舎ではこんな酒を飲んでいるのか――。今を遡ること60年以上前、地元では高い評価を得ていた自慢の本格焼酎について、その独特の香りを東京で酷評された若き日の4代目、塚田定清。その時の言葉にできないほどの悔しさが、樽貯蔵酒研究の原点となりました。「この手で、今までにないまったく新しい本格焼酎を造ろう」。塚田は、かたく心に誓ったのです。

まず頭に浮かんだのは「ウイスキーも、ブランデーも、ワインも、世界を代表する多くのお酒が樽熟成によって賞賛される味を手に入れている」という事実。そして「焼酎で、それが出来ないはずはない」という確信でした。こうして1956年、塚田は日本でまだ誰も成しとげていなかった「樽貯蔵」による焼酎造りの研究をスタート。それは数十年にもおよぶ困難な道のりの始まりでした。

技術力ある蔵元のすべてを注いで。
日本初の「樽貯蔵麦焼酎」が誕生。

樽貯蔵を目指す塚田の熱い思いに、蔵人たちが熟練の技を結集。オーク樽との最上の相性を求めて、辿りついた原料は「麦」でした。さらに、麹の育て方は?蒸留方法は?また貯蔵ではどの方法が最適か?など次々と立ちはだかる課題に対し、当時は「経験と勘」だけが頼りとされていた焼酎造りを、田苑酒造ではあらゆる角度から分析。科学的な視点からも根気強く研究を重ねました。そして研究開始から26年、ついに日本初の樽貯蔵麦焼酎が誕生。

若き日の悔しさ、そこから始まった試行錯誤の日々、そしてようやく完成した納得の味わいに塚田は、感動の涙を流しました。それは創業以来、技術力のある蔵元として歩み続けてきた田苑酒造が「樽貯蔵のパイオニア」となった瞬間であり、現在まで続く「世界を見据えた焼酎造り」への大きな、大きな一歩でした。そして、これからも。日本中世界中のカウンターで、テーブルで、酒を愛するすべての人のグラスを満たす日まで、田苑酒造はグローバルスタンダードな焼酎造りを究めて行きます。

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